教科書に載っていない事実が当時の膨大な証拠資料から要点だけを集約している名著です
昔の日本の真実を知る助けになる良書です

国際政治学者 酒井啓子氏の書評
「居心地が悪い 読んでいて、気持ちがざわざわする
それは本書が読者に、太平洋戦争の責任を突き付けるからだ
普通の人びとに、戦争は、軍部や「上層部」の責任だとして、安全な地に逃げ込むことを許さないから」
2025年9月に発売された書籍です
2025年の首相も、日本の戦争原因を追究するなら、この本を読んでいただきたいと薦めていました
明治から10年おきに、自己都合からの侵略戦争を繰り返した日本の背景には何があったのか を鋭く書いています
ではどうして、あの時代の日本国民は、侵略戦勝で勝利するたびに熱狂をしたのでしょうか?
国民的熱狂の代表的な一因として

日本の女性3人のうち1人が入会するという、とてつもない会員数にまで増長した国防婦人会の存在がありました
この著書、「人びとの社会戦争─日本はなぜ戦争への道を歩んだのか」では
婦人会が何故、サッカーW杯や野球のWBCで日本が勝利した時のように熱狂し興奮したかの背景が書いてあります

NHKの朝ドラでも、戦前で戦争責任が題材の時は、必ず登場する国防婦人会の存在は、避けられない問題となってきました
彼女達の存在は、なぜ誕生したのか なぜあのような爆発的な会員数の激増となったのか?
国防婦人会の会員のほとんどは普通の専業主婦でした、当時彼女達を家庭婦人とも呼んでいました
時代背景としては、第一次世界大戦の戦勝国となった日本は、未曾有の好景気=大正バブルの時代でした

街では、モガと呼ばれるモダンガール 現代で言うとギャルが出現しました
彼女達は、いち早く西洋文化を取り入れ、日本女性の価値観から逸脱し、自由奔放に街を闊歩していました
当然多くの家庭婦人と呼ばれる専業主婦の日本人女性は、彼女達に対する憎悪と怒りが沸きあがっていきました
当時の家庭婦人は、親が決めた相手と見合い結婚し、その後は夫に従属し、自由のない主婦業の日々でした
そして更に大正バブル時代から出現してきた

職業婦人と呼ばれる、女性の社会進出です
ワーキングガールと呼ばれ、洋装を纏って仕事をする姿は、10代の若い、日本女性達の憧れになりました
更に、日々の暮らしで専業主婦達を悩ます あの女性達も大正バブル好景気で日本の各地域に増加していました

昭和の時代あたりまで、日本の男の遊びのタシナミは3つあり、 それは「飲む、打つ、買う、」でした
飲酒・賭博・売春と最悪な習慣です 裕福な男は、売春から個人所有物のように妾を囲うようになりました

不都合な事実ですが、映画化もされ英雄とされる連合艦隊司令長官も妾を囲っており、正妻は苦しんでいました
当時の専業主婦=家庭婦人は、無価値な存在でもあり、男尊女卑からなる夫や嫁ぎ先への従順さを求められ、
家庭に縛り付けられ閉じ込められていた存在でした
そうした背景の中で、モダンガール・職業婦人・妾・遊女の存在が社会で目立ってくると
家庭婦人達は、劣等感や憎しみや嫉妬心などのうっ憤が蓄積していき、頂点に達した頃に
家庭婦人の価値を向上してくれている団体で、家庭に縛り付けられ閉じ込められていた主婦のみなさんに
「活躍」できる場を与えてくれる団体が日本各地で勢力を拡大していくことになりました

それが国防婦人会や愛国心を煽る保守思想の愛国婦人会などの団体です

自分達にとって憎悪の対象となるモガや職業婦人を、「非国民」と呼び、改心させる集団行動が始まりました
家庭婦人達の日々の憂さ晴らしも兼ねての熱狂が、侵略戦争の片棒を担いだことは否定できない事実となりました

街からは、家庭婦人の仇敵であるモダンガールは消え、もんぺ姿や質素な着物姿で行進する時代へ変貌しました
まとめ

今回の書籍の表紙にもなっている国防婦人会の存在
日本が戦争に突き進んだ要因の一つ、普通の専業主=家庭婦人がモガや職業婦人や妾や遊女に対しての憎悪が始まりでした
最終的に、日本は世界に、侵略戦争をしたことを認めるポツダム宣言を受託し、無条件降伏となりました

その時初めて、日本の普通の主婦であった多くの女性達は、自分達はとんでもないことをしてしまったと、
戦争にのめり込んだことは失敗だったと、心の中で気付くことになり、その後戦争に関しては沈黙を続け
ひたすら日本の政治家と軍部の暴走の責任であったことにしようとしました
国防婦人会や愛国婦人会は死語となり、自らの過ちを認めることから逃げ続けました
戦後80年経過し 戦争体験者の多くが亡くなったことで、NHKを始めとした報道機関が、
少しづつ本当の歴史の証明の開示が始まっているのが現状です。
一例として
滋賀県国防婦人会(1941年5月)の主張です
「明治維新後、欧米文化の輸入を急ぐあまり日本古来の精神が忘れ去られ、功利、自由思想がはびこり、個人主義が幅を効かせるようになってしまった。ゆえに婦人は大切な家庭に入り勤労することを喜ばず、不健全な娯楽に溺れるといった悪風が生じてきたのであります。」
「女性の天職は妻として母として生きることにあり、未婚の女性は、まだ女性とは言い得ない。ゆえに職業婦人の氾濫は本来充分な女性でない女性を更に一層中途半端にしている」
正直驚きました、1941年5月は、中国への侵略戦争は初めて、10年以上経過していて、この後同年12月にアメリカのハワイへ奇襲攻撃し宣戦布告する年です。彼女達家庭婦人達にとって憎むべき敵は、まだ中国やアメリカではなく、モガや職業婦人や妾や遊女など同性の日本人だったことです。滋賀県のほとんどの主婦が入会していた彼女達の思いが、全体最適ではなく、部分最適の極みで、個人の恨みつらみが混在しているかが理解できる証拠資料の一つとなっていました。
最後
敗戦から80年以上が過ぎた現在 令和育ちの10~20歳代女性の憧れの職業は

大正から昭和の戦前まで、無価値で女性の本音として、なりたくないとされていた専業主婦というのが
なんとも皮肉な結果となっています。服装の自由、職業選択の自由、男女雇用機会均等法の社会が進み
女性の社会進出があたりまえになると、逆に専業主婦の希少性が高まり令和の女性が憧れる職種となりました

男性又はパートナーの方々、頑張って働きましょうー。(;^_^A

